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【三百諸藩の幕末の動向】東北の諸藩/関東の諸藩/東海の諸藩/甲信越の諸藩/北陸の諸藩/近畿の諸藩/中国の諸藩/四国の諸藩/九州北部の諸藩/九州南部の諸藩 【その他リストなど】幕末明治の艦艇/御三卿・幕府直轄地拠点/幕末人物 墓所訪問 【晋作の愛した下関】豊北町・豊浦町/豊田町・菊川町/吉母・吉見・福江/向日・井田・田倉/吉田・清末/安岡・綾羅木・延行/長府/市街(下関~唐戸)/彦島 |
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土佐藩人物録 | ||||||
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支藩:土佐新田藩1万3000石 麻生山内家 高知城 土佐藩の領地は、戦国時代末期には長宗我部氏が統治していたが、関ヶ原の役で西軍に属した為に改易され、東軍であった山内一豊に与えられ、以後は山内氏が治めた。山内氏の直臣と長宗我部遺臣の間には格差(上士と郷士)があり、虐げられた郷士達の中から土佐勤皇党が生まれた。 | |||
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あ行 |
麻田 勘七 あさだ かんしち (生没年不明) 土佐藩(上士) | 多くの藩士が門弟となった土佐の剣豪 変名:麻田直養 主な役職:致道館剣術指南役 剣術:鏡心明智流剣術、小野派一刀流剣術 墓所:不明 | ||
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池 内蔵太 いけ くらた (1841-1866) 土佐藩 (亀山社中(海援隊)) |
嵐に消えた若き海援隊士 変名:池定勝、細川左馬之助、細井徳太郎 主な役職:遊撃隊参謀 剣術:- 墓所:上五島江ノ浜郷、京都霊山護国神社 |
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石田 英吉 いしだ えいきち (1839-1839) 土佐藩 (亀山社中(海援隊)) | 龍馬の死後の海援隊をまとめた海援隊士 変名:伊吹周吉、伊吹慶良 主な役職:ユニオン号砲手長、秋田県令、千葉県知事、農商務次官、貴族院男爵議員 剣術:- 墓所:京都市左京区真如堂 | ||
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板垣 退助 いたがき たいすけ (1837-1919) 土佐藩(上士) | 自由民権運動の父 変名:乾猪之助、乾正躬、乾退助、板垣正形、板垣無形 主な役職:土佐藩側用役、東山道先鋒総督府参謀、内務大臣 剣術:無雙神傳英信流抜刀術 墓所:高知市薊野東町薊野山、高知市洞ヶ島町安楽寺、東京都品川区品川神社 | ||
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岩崎 弥太郎 いわさき やたろう (1835-1885) 土佐藩 | 海運業で財を成した三菱財閥の創始者 変名:岩崎敏、岩崎寛、岩崎東山、土佐屋善兵衛、岩崎彌太郎 主な役職:三菱商会総帥 剣術:- 墓所:東京都豊島区三菱重工巣鴨社宅付近 | ||
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岩村 精一郎 いわむら せいいちろう (1845-1906) 土佐藩 |
無能で横柄と評価された権令 変名:岩村高俊 主な役職:東山道先鋒総督府監察、有栖川宮家令、佐賀県権令、貴族院議員 剣術:小野派一刀流剣術 墓所:高知市真宗寺山累代墓地 |
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岡田 以蔵 おかだ いぞう (1838-1865) 土佐藩 |
京都を震え上がらせた暗殺者 変名:岡田宜振 主な役職:- 剣術:小野派一刀流剣術、鏡心明智流剣術、直指流剣術 墓所:高知市真宗寺山累代墓地 |
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か行 |
河田 小龍 かわた しょうりゅう (1824-1898) 土佐藩 |
龍馬に貿易の重要性を説いた狩野派絵師 変名:河田篤太郎、河田維鶴、小梁、松梁、皤山、翠竹斎、半舫斎 主な役職:- 剣術:- 墓所:京都市北区等持院 |
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片岡 源馬 かたおか げんま (1836-1908) 土佐藩(上士) | 明治天皇が信頼した人情の人 変名:片岡源馬、那須盛馬、永野盛馬 主な役職:東京府小参事、錦鶏間祗候、貴族院勅選議員 剣術:一刀流剣術 墓所:東京都港区青山霊園 | ||
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鹿持 雅澄 かもち まさずみ (1791-1858) 土佐藩 |
土佐国学の第一人者 変名:柳村愿太、飛鳥井深澄、藤原太郎雅澄、山斉、古義軒 主な役職:教授館下役、教授館写本校正係 剣術:- 墓所:高知市福井町山本屋敷 |
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後藤 象二郎 ごとう しょうじろう (1838-1897) 土佐藩(上士) |
大政奉還を建白した土佐藩参政 変名:後藤保弥太、後藤良輔、後藤元曄、日曄、暢谷、雲濤、不倒翁、暘谷、雲濤、光海、鷗公 主な役職:土佐藩参政、大阪府知事、逓信大臣、農商務大臣 剣術:大石神影流剣術 墓所:東京都港区青山霊園 |
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近藤 長次郎 こんとう ちょうじろう (1838-1866) 土佐藩 (亀山社中) |
亀山社中で無念の切腹を遂げた饅頭屋長次郎 変名:饅頭屋長次郎、近藤春宗、上杉宋次郎、近藤昶次郎、梅花道人 主な役職:- 剣術:- 墓所:長崎市寺町晧台寺 |
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さ行 |
坂本 竜馬 さかもと りょうま (1836-1867) 土佐藩 (亀山社中(海援隊)) | 明治維新の立役者となった幕末の風雲児 変名:坂本直陰、坂本直柔、才谷梅太郎 主な役職:亀山社中主宰、海援隊主宰 剣術:小栗流剣術、北辰一刀流剣術 墓所:京都霊山護国神社 | ||
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佐々木 高行 ささき たかゆき (1830-1910) 土佐藩(上士) |
天皇親政運動を主導した土佐の三伯 変名:佐々木万之助、佐々木三四郎 主な役職:大監察、参議、司法大輔、工部卿、宮中顧問官、枢密顧問官、皇典講究所所長 剣術:小野派一刀流剣術 墓所:東京都港区青山霊園 |
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た行 |
武市 瑞山 たけち すいざん (1829-1865) 土佐藩 | 非業の死を遂げた土佐勤王党の首領 文政12年、土佐郷士白札格武市正恒の長男として生まれる。小野派一刀流麻田勘七の門で剣術を学ぶ。安政3年、江戸に出て桃井春蔵に入門、塾頭を務める。安政の大獄から桜田門外の変と時勢が動き始めると、藩から剣術修行の許可を得て門弟2名を従え北九州地方を巡遊。文久元年、文武修行のため再び江戸に上った。同郷の大石弥太郎から勤王諸藩の有志を紹介されて交流。帰国後、200名余の同志を糾合して土佐勤王党を結成する。時に山内容堂の信任する参政吉田東洋が公武合体論の立場で藩政を指導しており、瑞山は挙藩勤王論を吉田に進言したが容れられず、勤皇諸藩の京都結集に遅れることを恐れた末、吉田の藩政改革に不満を持つ門閥派と結託し、文久2年、吉田東洋を暗殺する。藩主山内豊範を擁して同志らと入京。攘夷督促の副勅使姉小路公知の雑掌となり名を柳川左門と称して江戸下向に随行した。文久3年、藩命により帰国。八月十八日の政変により政局が一変すると前藩主山内容堂によって投獄される。1年8ヶ月20日の獄中闘争を経て切腹を命じられ、土佐勤王党は壊滅した。未だ誰も為しえなかったとも言われてきた三文字割腹の法を用いて法式通り腹を三度かっさばき、前のめりになったところを両脇から二名の介錯人に心臓を突かせて絶命した。 変名:武市鹿衛、武市小楯、武市半平太、柳川左門 主な役職:土佐勤王党主宰 剣術:小野派一刀流剣術、鏡心明智流剣術 墓所:高知市仁井田瑞山神社 | ||
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田中 光顕 たなか みつあき (1843-1939) 土佐藩 (陸援隊) | 維新烈士の顕彰に尽力した明治の能吏者 変名:浜田辰弥、田中顕助、田中青山 主な役職:陸軍省会計局長、元老院議官、初代内閣書記官長、警視総監、学習院院長 剣術:小野派一刀流剣術 墓所:東京都文京区護国寺 | ||
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谷 干城 たに たてき (1837-1911) 土佐藩 |
軍人から政治家へ転身した西南戦争の英雄 変名:谷申太郎、谷守部、谷隈山 主な役職:熊本鎮台司令長官、陸軍中将、農商務大臣、貴族院議員 剣術:神道無念流剣術 墓所:高知市中久万谷干城墓所 |
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な行 |
長岡 謙吉 ながおか けんきち (1834-1872) 土佐藩 (亀山社中(海援隊)) | 事務処理能力に優れた海援隊2代目隊長 変名:長岡敦美、今井純正、子行、懐山 主な役職:海援隊隊長、三河県知事 剣術:- 墓所:東京都港区安養院 | ||
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中岡 慎太郎 なかおか しんたろう (1838-1867) 土佐藩 (陸援隊) |
龍馬と共に凶刃に倒れた維新の影の立役者 変名:中岡福太郎、中岡福五郎、中岡光次、中岡道正、中岡遠山、中岡迂山、石川清之助 主な役職:陸援隊隊長 剣術:小野派一刀流剣術 墓所:京都霊山護国神 |
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那須 信吾 なす しんご (1829-1863) 土佐藩 | 天狗と異名された吉田東洋暗殺の実行犯 変名:浜田虎吉、那須真吾、那須重民、石原武之進 主な役職:- 剣術:小野派一刀流剣術 墓所:高知県高岡郡梼原町六志士の墓 | ||
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中濱 萬次郎 ながはま まんじろう (1827-1898) 土佐藩 |
通訳として幕末日本に貢献したジョン万次郎 変名:ジョン万次郎、John Mung 主な役職:軍艦操練所教授、開成館教授 剣術:- 墓所:東京都豊島区雑司ヶ谷霊園 |
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は行 |
深尾 鼎 ふかお かなえ (1827-1890) 土佐藩(上士) |
容堂の右腕として活躍した土佐藩家老 変名:深尾重先 主な役職:土佐藩家老、佐川領10代目領主 剣術:- 墓所:不明 |
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福岡 藤次 ふくおかとうじ (1835-1919) 土佐藩(上士) |
五箇条の御誓文を起草した土佐藩の参政 変名:福岡孝弟、南蘋 主な役職:土佐藩参政、土佐藩権大参事、司法大輔、文部卿、参議、枢密顧問官、宮中顧問官 剣術:- 墓所:東京都豊島区染井墓地 |
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ま行 |
間崎 哲馬 まざき てつま (1834-1863) 土佐藩 |
武市瑞山と並ぶ土佐文武の先覚者 変名:間崎則弘、間崎滄浪 主な役職:- 剣術:- 墓所:高知市東久万王子谷墓地 |
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毛利 荒次郎 もうり こうじろう (1834-没年不明) 土佐藩(上士) |
薩土密約に参加した土佐の剣術指南役 変名:毛利恭助、毛利吉盛 主な役職:致道館剣道導役 剣術:小野派一刀流剣術、北辰一刀流剣術 墓所:不明 |
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望月 亀弥太 もちずき かめやた (1838-1864) 土佐藩 | 池田屋で新選組の凶刃に倒れた尊皇志士 変名:望月義澄、松尾甲之進 主な役職:- 剣術:小野派一刀流剣術 墓所:高知市横内、京都市左京区三縁寺 | ||
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や行 |
吉田 東洋 よしだ とうよう (1816-1862) 土佐藩(上士) | 幕末土佐藩の藩政改革を実行した革新派 変名:吉田郁助、吉田官兵衛、吉田元吉、吉田正秋 主な役職:土佐大目付 剣術:- 墓所:高知市筆山吉田家墓所 | ||
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吉村 虎太郎 よしむら とらたろう (1837-1863) 土佐藩 | 賊軍とされた悲劇の天誅組総裁 変名:吉村重郷、吉村寅太郎 主な役職:天誅組総裁 剣術:小野派一刀流剣術 墓所:高知市筆山吉田家墓所 | ||
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